私は山形県の小さな町に人兄弟の次男として1949
年、生まれ育ちました。勿論、当時の衣食住は今のような豊かな時代ではありませんでした。子供ながらに“自分の部屋があったらいいのにな”と思うこともあったが家庭の事情で無理でした。
大工になろうと世田谷に上京したのが1966年です。それ以来、建築業一筋に携ってきました。大工職人時代は、ゼネコン/大手ハウスメーカーなどの下請が多く、お客様の顔の見えない仕事で心のこもらず、やりがいのない仕事でした。どんな小さな仕事でも自分で元請をやり、心をこめたいい大工仕事さえすればお客様に喜んでいただけると思い、独立しました。
山形の実家は、平成の初めに新築をしました。山形の冬は大変寒く、新築で隙間などは少ないのですが、家の中は寒く、暖房のしている所としてない所の温度差がかなり大きく、特に高齢の父にはこたえたかと思います。温度差がなく暖かければ、もう少し長生きしてくれたかと思うと残念でなりません。
工務店として、大工仕事が丁寧で、見た目が素敵な外観であればお客様に喜んでいただけるものと思っていましたが、高齢者や弱者の方たちの健康を思うと断熱や隙間、温度差のない家造りが必要だと分り、現在のFP工法にたどり着きました。
これからも、温度差の少ない健康住宅、そして心こめた住宅作りを地元の方々に勧めさせていただきたいと思います。
汲ィが建 小形 芳男
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